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私の母は、今から十三年前、70歳で他界した。
膵臓癌であった。

それから十年、
実家では父が一人、広すぎる家に住み続け、
いいだけ物を増やしてくれていたのだが、
三年前に突然事故で亡くなった。

無駄に家が広すぎたため、
父は母亡き後、その広い空間を埋めるかのように、
物でどんどん埋めていったのだ。
おかげで、父が遺した物は、
トラック何台分にもなった…

三年目の今年、
とにかく今年こそは、ケリを付けようと
私と妹は必死に片付けを行い、
今やほぼ、父の荷物は無くなった。

最後に残ったのは、母の部屋。
父は母が亡くなってから
母の部屋をそのままにしていた。
私達が片付けようとすると、
自分がやると言って片付けさせてくれなかった。

母の部屋には、
私達姉妹の思い出がいっぱい詰まっていた。
写真はもちろんのこと、
私達娘と交わした手紙が沢山出てきた。

また、信仰深かった母は、
弘法大師様にお願いしたと見られる祈願の下書きの紙が沢山出て来た。
どれもこれも、
我が子である私達娘や娘の家族の無事を祈るものばかりだった。
母が癌となって病気と戦っていた年でさえ、
自分のことではなく、
私達娘の健康や家内安全を祈るものばかり…
私は妹とそれを見つけて泣いてしまった。

たぶん、痛みで苦しかったのであろう。
文字が途切れたり、
ミミズが這ったような文字の物もあった。

ああ、お母さん、
あなたは最後まで「私達のお母さん」だったのですね。
母が亡くなって十三年経った今でも
母の愛を感じることが出来て、
幸せだね。と妹と語りあった。

お母さん、私達はあなたの娘で幸せでした。

保前明美(ほうぜん・あけみ)
旭川出身。帯広市PTA連合会会長を2年、北海道PTA連合会副会長を1年務め、現在帯広市PTA連合会顧問。2016年度日本PTA全国協議会年次表彰個人の部で受賞。放課後居場所広場よんかけサポーターズクラブ代表兼コーディネーター、帯広第五中学校・緑丘小学校学校地域支援本部コーディネーターとして、学校と地域を結びつける役割をしている。社会人の長女を筆頭に1男2女の母。モットーは「和して同ぜず」。

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